La Maison avec du coeur

フランスの友人夫妻が HEART&HOMEを「La maison avec du cœur」と 素敵に表現してくれました。
彼らの 私たちに対する想いに 感謝の意を込めて Blogタイトルにしました。

日常のこと

アンティークとの出会い

それは さかのぼること 30年近くも前のお話し …….. 。

私がステンシルを学び始めたのと 時を同じくして
アンティークとの出会いがありました。

自由が丘 デポー39
今は亡き 天沼寿子さんが経営していたアンティークshopです。
そのshop の2Fがステンシルスクールになっており 月に2回 せっせと
通うたびに それまで身近でアンティークと触れあう機会のなかった私に
長い年月 使い込まれてきたそれぞれの物たちの物語をも感じさせてくれるような
ステキなアンティークの魅力を 自然のうちに教えてくれたのもデポー39でした。

家具作りを始めてから 金具やWAXの仕入れもデポーにお願いしていた時期があり
そこで担当して頂いていたのが 今は「PINE GRAIN 」のオーナーでいらっしゃる
古川さんです。

PINE GRAIN 看板

PINE GRAIN 店先

二子玉川から移転されたのは知っていたのですが
なかなか行く機会がもてずにいました。
そして今回やっと来店させて頂きました。
3階建ての建物の中には古川さんの目利きで選ばれた
ヨーロッパのアンティークたちが所狭しと置かれています。
シンプルだけれどさすがのセンスの良さでディスプレイされた
アンティークたちはどれもステキで
パーツ類もたくさんあってマルシェでの宝探しのような気分を
久々に味わいました。
それとあいまって吉本先生のドライフラワーアレンジも
PINE GRIN の世界観にぴったりで見とれてしまいました。
昔話から買い付けの苦労話しまで時を忘れて話し込んでしまいました。
デポー39 から脈々と受け継がれてきたアンティークに対する
ポリシーみたいなものが PINE GREIN にはあるような気がするのは
私だけでしょうか?

あの頃のデポーファンの方々 ….
ぜひ一度 PINE GREIN に足を運んでみて下さい。
きっと私と同じ気分になるはずです。

そしてこの日は
ブランケットBOXに合わせてシェル型の取っ手を入手してきました。

古川さん 楽しい時間を ありがとうございました。
また お顔を見に行かせて頂きます。

日常のこと

HP リニューアルします。

フランスの猫

現在のHPも 作成から早いもので10年もの月日がたちました。
その間 ブログも気まぐれ更新で月に2~3度 やっとの思いで書き上げる………
….. そんな状態でした。

時は流れ 今や SNSが主流の世の中になり
アナログ世代の私たちも “少し考え方を変えないと” と思い始めました。
スマホでは 今のHEART&HOMEのHPはとても見づらいものになっていますし
SNS対応にもなっていないので 皆さんが訪ねて来てくれないと
見られない現状です。
いろんな面をクリアし 遅くとも七月初めには新たなHPをお見せできることと
思っています。

今は 準備と打ち合わせで
夜な夜な 画像をpicupしたり 構成を考えたり・・・

より多くの方に
私たちの物作りへの想いや
どんな家具を創っているのかを知っていただく為に
頑張っています。

新しくなる HPを
楽しみに もう少しお待ち下さい。

日常のこと

25年ぶりの高知

先方の都合もあり お届けするだけの事でしたが 高知市に納品に出かけました。 

25年前 HEART&HOMEを設立する直前に しばらく旅行も出来なくなるだろうと出かけたのが
高知でした。 ちょうど8月の「よさこい祭り」の最中で 夏の暑さとその熱い雰囲気に
圧倒させられた出来事が 何かと我が家の語り草になっています。
その時 まだ生まれていなかった下の娘は主人の影響もあり 幕末の時代に活躍したそうそうたる
偉人たちの熱い志に惹かれ すっかり歴史好きになりました。 土佐藩だった高知県からは
坂本竜馬をはじめ 中岡慎太郎 ジョン万次郎 岩崎弥太郎など多くの偉人が世に出ています。
ハードなとんぼ帰りとはいえ そんな理由と高校卒業のお祝い? も兼ね家族揃って 一路高知へと
向かうことになりました。

山陽道・倉敷ジャンクションを通り瀬戸大橋を渡り午前中には高知着。 751kmを一気に
走り通しました。

瀬戸大橋

幕末維新博 チラシ

活気ある高知を味わうため 「ひろめ市場」へ行ってみました。
この界隈は高知の中心地。 幕末維新博が開催されていることと 海外の大型クルーズ船が
寄港しており大変にぎわっています。

ひろめ市場 看板

ひろめ市場 パンフレット

ここは 60以上のお店が集まった商業施設で いたる場所に配置されたテーブルに
それぞれのお店で買ってきた料理を持ち寄って食べるスタイルです。
“カツオのたたき”はもちろん あれこれ買い込みおいしく頂きました。

ひろめ市場 場内の様子

次は すぐ近くにある“高知城”へ

高知城

全国でも唯つ 本丸の建造物がほぼ完全なまま残っていて 国の重要文化財に指定されています。
その ほれぼれするような姿に感動し 土佐の誇り高い歴史の一端に触れた気がしました。

そして次は あの坂本竜馬像のある“桂浜”へ。 
ここに行くにあたり 秘かな楽しみがありました。 それは 25年前ここで食べた“イカ焼き”が
忘れられず いつか又訪れた際には「絶対 食べたい」と思っていた事です。

坂本龍馬像

もしかしたら もうあのお店はないかも? と思いつつ 桂浜へ向かい歩き始めると
ありました ありました 「イカ焼き」の文字。 早速買い込み ペロリとたいらげ
“やっぱり おいしい” イカ好きの私には何よりのごちそうです。

イカ焼き

大きな大きな龍馬像を仰ぎ 桂浜を散策。

桂浜

その後 市内に戻り
“はりまや橋”へ

はりまや橋にて

“土佐の~ 高知の~ はりまや橋で~~”と車内で歌う私に 娘たちの冷たい視線。
楽しい1日が 終わりました。

翌朝 南国SAを出発。 “うどん県” 香川県へ。
旅の目的のひとつ。 おいしい「さぬきうどんを食べる事」 
これを果たすため高松市に入ります。
栗林公園のPに車を止め 物産館でおみやげを・・
おいしいうどん屋さん タクシーの運転手さんに聞くのが確実と….尋ねると
大通りの向かいにある「上原屋」を紹介してくれました。

さぬきうどん上原屋 のれん

行ってみると探す間もなく行列ですぐわかりました。 やっと自分たちの番が来て
セルフで進んで行くと トッピングの多さに まずびっくり。
天ぷらだけでなく さつま揚げ おでん…. etc じゅうぶん考えている間もなく いくつかを選び
おいしくおいしく頂きました。 大満足……。

さぬきうどん

あわただしい 2.5日間でしたが 久しぶりの家族4人の旅?。
春からは 東京で1人暮らしをする夢歩とも こんなふうに旅する機会も あまり持てなく
なるのかな? と思うと感傷的になってしまうのですが 夢に向かって歩み出す娘を
笑顔で送り出さねばと思っています。

心に残る 四国の旅でした。

日常のこと

Souvenir おみやげ

山梨県の グローバル人材育成プログラムで
次女 夢歩が明日からアメリカ留学に旅立ちます。

昨年11月に行われた 高校英語暗唱弁論大会の折
審査員だった 手嶋指導監をはじめ 高校教育課の数野さんらに
付き添われ 現地での交流やホームステイを体験してきます。
ぎりぎりまでステイ先が決定せず やきもきしましたが
とうとう 出発の日がやってきました。
ホームステイ先は 全てボランティアで生徒たちを快く受け入れて
頂ける方達ということもあり 本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

つまみ細工1

つまみ細工2

つまみ細工3

心ばかりのおみやげを用意する事になり 娘は 得意の手づくりで
気持ちを伝えたいと あれこれ考えた末
「つまみ細工」に チャレンジしました。
手先が器用なのはわかっていましたが この完成度は見上げたものです。
“ 和 ”のテイストを感じてもらえる とてもいいおみやげが出来ました。

8日に17歳になったばかりの娘ですが この留学でたくさんの人たちと知り合い
アメリカの文化を肌で感じ これから先の自分の人生の1ページに
深く刻み込まれる旅になることでしょう。

体に 気をつけて
いってらっしゃい。

日常のこと

忘れ形見

ひょんな事から 昔 家具をオーダーして下さった磯野さんの娘さんと
出会う機会がありました。
20年近く前 まだ 私たちが甲府駅ビルに Shop をしていた頃のお話です。
その駅ビルは 毎年10月の周年祭の折 ヨーロッパ各地をテーマに
様々なイベントをし その中に抽選で その年のテーマ都市への旅がプレゼントされる
企画がありました。
磯野さんは タイミング良くその期間に 私たちにオーダーを頂き
見事 Paris 旅行を当てられました。
当時 高校生だった娘さんも その時の事はよく覚えているそうです。
憧れの Paris への旅行を終えた後 楽しかったお話しを聞かせて頂いたのも
そんなに昔の事ではないような気がしてしまうのですが …………….

オーダー家具

本当に残念な事に
この家具を手にした数年後に お母さまが他界されてしまったそうです。

時は流れ

娘さんから あの時制作した家具の写真をお借りし見てみると
懐かしさと 今でも現役で家の中心にある家具に
何か こみ上げてくるものさえあるのも事実です。
娘さんにとって かけがえのない母親の忘れ形見になってしまいましたが
きっと お母さんの大好きであったろう数々の物たちでディスプレイされ
今も 尚 磯野さん宅の生活の一部に存在してくれています。

母から子へ

家具という物だけでなく その想いまでも
受け継いでいって欲しいなと思っています。
私たちの創った家具を 大切にして下さってありがとうございます。

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